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大学生による大学生のための雑記ブログ

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プロフィール欄クリックしてくださってありがとうございます!

僕の半生見てやってください!

こんにちは、このブログを運営しております大学生ブロガーのいぶきです。

 

 

夜中の3時にふと、「ブログやってみようかな...」と思い立ちました(笑)

なので、はてなブログで無料アカウントを作りました!

ブログを始めてみようと思います!

最近友人とも「思い立ったら吉日だよね〜」と話したばかりなので。

 

この記事では、

  • 簡単な自己紹介
  • 大学に入るまでの僕の生き様
  • 僕がどんな人間か

を紹介します!

 

目次 

 

 

 

簡単に自己紹介 

僕は、2016年の春に北海道の札幌から上京してきました。

現在は神奈川県の横浜のとある大学に通っています。

大学では、体育会のテニス部を1年生の終わりの頃に辞めました。

アルバイトは1年生時の11月くらいからスターバックスで働いています。

 

こう書いてみるとそんな書くことが無いと言うか、何を書けばいいか分からない。

まあ、そんな感じです。

面白くなくてごめんなさい。

 

挫折だらけ、一つのことが続かない人生

 

僕の人生は一言で言うと「何事も続かない」

これに尽きると思います。

うん、クズな人生だと思う。

 

 

小学生時代

5年生でテニスを始めた僕は、テニスの王子様に滅茶苦茶ハマっていました。

「ブーメランスネイク!」とか言って鼻水垂らしながらテニスしてましたね。

そんな僕はテニスの王子様に出てくるテニス部が強い私立中学に憧れました。

 

なんとか親を説得し、お金持ちの祖父母に頼んで私立中学を受験します。

そして晴れて無事合格し、地元の私立中学に通い始めました。

 

 

中学生時代 

憧れていたテニス部にも入部し、中学生活をそれなりに楽しんでいました。

しかし、中2の終わり頃に友達とのケンカがいざこざで、ハブられ始めました。

 

理由はですね。

たしか、友達複数人とマックに居たんですよ。

で僕が鈍臭くてお茶をこぼしてある友達に掛かっちゃいました。

そいつにブチ切れられて、他のやつも僕のことをハブりだしました。

 

この私立中は、クラスも2クラスで、学年が60人とかしかいなかったので、標的にされたら終わり感が凄かったです。

結果、学校に行きたくなくなった僕は、地元の中学に転入することになります。

 

そして、地元の公立中学校では、女の子との色恋沙汰も一切ありません。

テニスはテニスクラブに通いながら適当に続けていました。

あの頃に大会とか出てたら変わってたのかな...

 

そして、隣りの区にある中の上くらいの公立高校を目指し、受験勉強を始めた僕。

そして受験にラストスパートをかけていた年明けに祖父に挨拶の電話をすることに。

そこで衝撃的なことを告げられます。

今でも鮮明に覚えてるな〜

 

祖父「いぶき、オーストラリアに留学しなさい」

僕「えっ。受験は?英語喋れないけど?」

そんくらいに思ってたのは事実。

正直英語は唯一の得意科目ではあったので、めっちゃ面白そうじゃんと思いました。

 

とりあえず受験は続けて、無事合格できました。

しかし、僕は7月に留学を控えていました。

3ヶ月のためだけ教科書、制服代を出すのはムダと言う母の意向で入学を辞退します。

そして、晴れて中学を卒業します。

 

卒業アルバムのページには、友達の「外人とヤッて来いよ!」と書かれていましたね。

中学時代書くと長かった。

中学時代 → 私立中学を挫折、高校入学を挫折

 

 

ニート時代 

7月から留学となっていたため、中学を卒業した僕は、ニートになりました。

15歳のニートが爆誕したわけです。

そんなニートの僕は、アルバイトをしようと考えました。

 

そこで、近所のお寿司屋さんに電話します。

動機は単純、お寿司をタダで食べられそうだから←

しかし帰ってきたお店の返事は、

「16歳以上じゃないと雇えないんですよね〜」

 

そして、母親の意向で自営業をしていた祖父母の田舎に飛ばされます。

あの時期は本当に濃かったですね。

毎日6時に起きて夕方くらいまで祖父母の仕事を手伝いました。

 

まあ、正直つまらなかったです。

僕は根っからのおじいちゃんおばあちゃん子なので祖父母といるのは楽しかったです。

けど、田舎なので遊ぶところも無いし、土日もないし、人との関わりもない。

正直発狂しかけてました。

 

なんとかこの日常を打破する方法はないだろうか。

僕は悩んでいました。

手元にあったのは、iPod Touchと留学用に買ってもらったMacBook Pro

 

そこで僕は思いつくんです。

YouTuberになろうと...

そう、僕は元ニートYouTuberだったんですね〜。

絶賛黒歴史でございます。

その頃から有名になりたい、目立ちたい、お金を自分で稼ぎたいって思ってました。

 

しかし、チャンネル登録者が100人目前のところで祖母にYouTubeの活動がバレます。

メチャクチャしかられて辞めました。

「家族の恥」だと言われました...

 

多分企画内容がよくなかったのでしょう。

「わさびとからしを同時に食べて、どっちが辛いか」みたいな動画ばっかりだもん。

しょうもなかったたもんな...

おばあちゃんごめんなさい。

 

まあ気づいたら3ヶ月は過ぎていました。

留学直前の頃には、留学の説明会のために東京に行きました。

物心がついてからは初めてでした。

全てがキラキラしてたなあ。

そんなこんなでオーストラリアへ留学します。

 

ニート時代→YouTuberを挫折

 

 

高校生時代

そして僕はオーストラリアに留学します。

高校生時代は色々ありすぎて長くなってしまうので...

詳しくは、こちらの記事を参照してみて下さい。

 

dosankodaigakusei.hatenablog.com

 

さて、小中ニート高と振り返ってみました。

ヤッベ(汗)

自分で書いててめっちゃ恥ずかしくなって来た...

 

しかし、本当にひとつのことが続かないな...

いるじゃないですか。

「小中高と水泳やってます!」とか、「そろばんなら誰にも負けません!」とか。

めゃくちゃカッコイイと思います。

 

 

だから色んなことをやってきた

その代わりまあ、色んなことをやってきたとは言えます。

人より色んな経験をしてきたかなーって。 

大学までテニス、中学受験、私立中学、公立中学、高校受験、ニート、YouTuber、単身留学、オーストラリアでの高校3年間、フリーター、世論調査の電話発信のバイト、ビッグエコーでバイト、下宿生活、帰国子女予備校、フリーター、テレアポのバイト、同棲、大学入学、体育会系入部、居酒屋のバイト、ドトールのバイト、学校祭実行委員、学生イベントの企画、学生団体の設立、スタバのバイト、クラブイベントの運営、ブログと。

 

これほとんど祖父母のおかげです。

祖父母には本当に感謝しています。

 

せっかく色々経験したんだから、記録に残すことでいつでも思い出せるようにしたい。

なにか人の役に立てたりして、生かしたい。

自分の成長の過程、自分自身についてもっと知りたい。

だからブログやってみようかなって思いました。

 

まとめ 

長くなりましたが、小中ニート高と振り返りました!

唯一続いていたテニスも遂にやめ、ひとつのことがなかなか続かない僕です。

だけど、その代わり人とは違う色んなことをやってきたと思います!

 

僕はこんな感じの人間です。

皆さんに僕のありのままを伝えられたら嬉しいです!

 

読んで頂いてありがとうございます。

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